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世界は、価値の鉱山だ。

政治嫌いのための、政治教養の必要性(各論編)

前回の記事の続きです。今回は主要各国の政党・リーダー・主張についてまとめたいと思います。繰り返しになりますが政治嫌いの方を対象とした超・入門的なまとめであり、この分野を真剣に掘り下げる方の視線に堪える内容にはなっていないことをご理解ください。

アメリカ

中道右派共和党中道左派民主党による二大政党制です。共和党は中西部などの古き良き白人マジョリティ、民主党東海岸・西海岸のエリートや人種的マイノリティが支持しているというステレオタイプになっています。

両党の一番分かりやすい違いは外交です。反共を強烈に打ち出したレーガン湾岸戦争を起こした父ブッシュ、イラク戦争を起こした子ブッシュ、そして北朝鮮との挑発合戦を辞さないトランプなど、タカ派だったり積極的に戦争を起こしているのはことごとく共和党の大統領となっています。一方の民主党は、トルーマンこそ冷戦を際立たせたものの、キューバ危機を回避したケネディや、弱腰外交とも言われたカーター、オバマなど、リベラルらしい国際協調路線の歴史が見て取れます。

内政政策に目を転じると、最近ではトランプ勝利を支えた白人労働階級の実情を描く『ヒルビリー・エレジー』が話題になりました。

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 

 本来ならば、ニューディールで公共事業を拡大したルーズヴェルトや、国民皆保険を目指したオバマのように、より「弱者」の立場に寄り添っているのは当然ながら民主党であるように思えます。また逆に、米国における自己責任主義ネオリベラルの旗手はレーガン共和党出身でした。

しかしそれ以上に、民主党のリベラルエリートたちが語る言葉は難解で、しかも人種的マイノリティを支援するかのような「きれい事」を並べます。思想と呼べるような思想の無いヒルビリーには、細かな内容はさて置いて、ただ煽動的に白人の優位と現体制批判を唱えるトランプの言葉こそが響いてしまったのでした。

日本もまったく他人事ではありません。お笑い芸人さんの付け焼き刃の政治批判を賞賛する声も、この現象と本質的には変わらないからです。最低限必要な教養も無いまま、批判のための批判を叫ぶことは何も事態を好転させません。

政府が手を出しすぎだと怒りを爆発させたかと思えば、次の日には、政府があまりにも何もしていないと怒っていた。(中略)どうしてこの国は、空母を買う金があるのに、母のような薬物依存者が治療を受けられる施設をつくる金はないのかと嘆いた。ときには顔の見えない金持ちをやり玉にあげて、その地位にふさわしい社会的責任をはたそうという気がないのはもってのほかだと批判した。
上記ヒルビリー・エレジー』より引用)

だから政治がどれほどアンセクシーであろうと、良識ある有権者は少なくとも単なるアジテーションには異を唱えられるよう、最低限の勉強をしなければいけないのです。……という意識高い建前が通じなくなったのが現代の140文字社会であり、それを踏まえたトランプのマーケティングが一枚上手だった、という言い方もできる訳ですが。

「中身は滅茶苦茶だが分かりやすい」主張が、「中身は良いが分かりづらい」言論に勝るようになってしまった今、論客の方々は「中身もあって、小学生向けのように親切」という異常に高度な要求から目を背けてはならないのだと思います。

イギリス

中道右派の保守党と中動左派の労働党による二大政党制です。支持層についてのステレオタイプはやはりアメリカの場合と似通っていて、地方や中高年は保守党、都市部や若年層は労働党支持が多い傾向にあります。

戦後の英国首相といえば誰を措いてもネオリベラルの化身、保守党の「鉄の女」サッチャーですね。当然ながら政策には賛否両論がありますが、終始ブレることなく構造改革路線を貫き、同時代のレーガンや中曽根と共に西側諸国におけるネオリベラルの潮流を確固たるものとしました。また戦時の首相ということでちょっと別次元になりますが、イギリスの歴史上もっとも尊敬されるリーダー・チャーチルも保守党です。

一方の民主党はというと、70年代の「イギリス病」といわれた経済不振に苦しんだウィルソン、子ブッシュへの追随でイラク戦争を推し進め今でもブレブレの弁明を繰り返すブレアなど、結果論ではありますがパッとしないイメージのリーダーが多いですね。。政権自体も保守党の「敵失」で獲得しているパターンが多いように見えます。

Brexitの混乱をまったくコントロールできていない保守党のメイ政権から労働党に支持者が流れている現状も、そういう意味ではデジャヴです。今後の政局が不安。

ドイツ

ドイツは日本ほどでないものの政党の離合集散が激しく、アメリカやイギリスのような確固たる二大政党制とはなっていません。そんな中でもコンスタントに右派の主軸であり続けているのがCDU・CSUキリスト教社会同盟キリスト教民主同盟)連合です。この党だけ覚えておいて、「CDU・CSUと対立しているのがその時の左派」という雑な理解を私はしています。

2005年以来の超長期政権を築いてきたCDU党首・メルケル首相ですが、野党との連立交渉に失敗し政権交代を余儀なくされています。EUという枠組みの歪みを一身に背負ってきたドイツを、とにもかくにもまとめ続けてきた手腕は並大抵でなく、彼女が去った後のドイツのリーダーが誰になるかは非常に注目の集まるところです。

日本

説明するまでもなく、ドイツにおけるCDU・CSUよりも更に長期にわたる安定与党が自由民主党です。一応は中道右派ということになっていますが、そんな明確な方向性があったらこれほど長期の与党とはなり得ない訳で、実質的には中道左派まで幅広いイデオロギーを抱きかかえた「与党であるための与党」といえるでょう。

日本において明確な理念に真摯に向き合ってきた政党として、唯一歴史に名を刻むに値するのはむしろ共産党ではないでしょうか(私は支持しませんが)。それ以外の日本政党の大半は、残念ながら理念ではなく政局の副産物と呼ばざるをえません。

9条改憲・護憲論

日本で最大の政治論争となりつつある憲法9条についての議論も、「これだから右は」「これだからリベラルは」というレッテルを相手陣営に貼り付けながら行われていますが、複数の対立軸が混在しておりしばしば論点が不明確になっています。一つひとつ整理してみましょう。

まず最初に必要なのは、「憲法9条をどうするか」というテクニカルな問題と、「安全保障をどうするか」という実質的な政策の問題は切り分けて捉えることです。後者について明確な定義をしないまま「改憲か護憲か」という切り口だけで議論をしてしまうと、右も左もない混沌としたケンカになってしまいます。

後者の問題、つまり実質的な安全保障政策についての立場は、大まかに以下のような選択肢が存在します。

  1. 非武装中立。私には到底理解できませんが、これがつい90年代初頭までは専門家を含め一定の支持を得ていた訳で、この主張を理由にウーマン村本さんを「論外」とばかりに袋叩きにすることは必ずしもフェアとは言えません。
  2. 個別的自衛のみ容認(海外派兵は禁止)。戦場を自国領土に限定するかどうかは、政治よりも多分に軍事の問題であり、戦略・戦術的にものすごく不合理な枷を嵌めることになります。
  3. 個別的自衛のみ容認(海外派兵も容認)。ROE(Rule of Engagement、交戦規定)の設定が一気に難しくなります。武力行使の条件や民間人を攻撃してしまった場合の取り決めなど、シビアな論点が噴出します。また、ここから上の案はすべてアメリカに「我々に手助けしないとはけしからん」と文句を付けられる恐れがあります。
  4. 集団的自衛権を容認。世の中の戦争はほぼすべて「集団的自衛の一環」として行われているので、これはもはや9条もへったくれもない「普通の国」になることとほとんど変わりません。

憲法云々を一回横に置いておくと、現状・実態は4.に近くなっているわけで、それを正当化しようとするほど「保守・右派」、そこから離れていく(1.に近づく)ほど「リベラル・左派」と呼ばれていることになります。

上記を踏まえた上で、憲法をどうするか。私自身の主張をしてしまうと、1.以外の立場を取るならすべて改憲を前提としなければいけないと思っています。普通の日本語として憲法9条を読んだら1.しかあり得ず、これを「3.までならOK」「4.もギリOK」などと言い出すなら、9条に限らず憲法なんてどこにどんな「裏解釈」が潜みうるか分からず、まったく信用できなくなるからです。

ここで改めて念頭に置かなければいけないのは、「政策論」と「憲法論」の次元の違いです。日本における憲法とは「どんな民主的な政策決定よりも上位に位置する大原則(制約条件)」であり、憲法の縛りを緩くしておいて政策を自制することはできても、その逆はありえません。

「○○が攻めてくるとは思えない」というのは戦後「たった」70年の歴史を踏まえた現状認識でしかなく、憲法という国家の大原則の前提とできるような長期的展望では到底ありません。世界にどれほどの紛争があふれているか、日本が今世紀中にそこに巻き込まれないとなぜ言い切れないか、今たまたま存在する日米同盟にどれほど日本が守られているかは、ニュースを1週間もきちんと追えば想像できる話です。

私の現状の結論は、憲法上は4.まで容認することを支持しつつ、政策上は3.までの限定を訴えることです。ノンポリのあなたも、是非このシンプルな選択だけは考えてみてください。